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呉市水道のあゆみ

上水道使用奨励のリーフレット

 

上水道使用奨励の
リーフレット

 大正7年4月の給水開始前後に作成されたもの。
メロディーは,「お玉杓子は蛙の子,鯰の孫ではないわいな~。」を借用している。

 

呉市水道竣工記念絵葉書
(大正8年4月)
 
呉鎮守府司令長官
第4・5・6代呉市長
※人物左から大正8年当時の第6代呉市長天野健太郎,明治44年から大正6年までの第4代,第5代呉市長沢原俊雄,大正8年当時の呉鎮守府司令長官加藤定吉海軍大将(男爵)。当初,平原浄水場から給水開始後の大正7年4月下旬に竣工式を予定していたが,同年2月伝染病発生のため無期延期となり,翌大正8年4月22日に催された「海軍鎮守府開設30年記念祝賀会」に合わせて,翌日の23日に「水道布設工事竣工式」を挙行した。

「いなり水」販売風景

「いなり水」販売風景

市民給水開始後間もなく姿を消した「いなり水」
 上水道布設前には,市内に飲用水販売会社があり,これを中心に飲用水(「いなり水」)運搬販売の営業者が存在していたが,水道布設後しばらくして,姿を消した。
 当時,市内低地部の約7000戸の需要者は,毎日1荷(約54リットル)の水を購入していたが,その負担は,1ヶ月で約60銭であった。
 因みに,大正7年の豆腐1丁の値段は2銭,牛乳1合で5銭であった。

 

 
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